アイドマの法則はなぜ古いと言われているのかを広告の歴史と共に説明する

マーケティング

はい、みんな大好きAIDMAの法則です。 マーケティングを学ぶ上では外せない言葉ですよね。 そして、今では古いとされているアイドマの法則ですが、なぜ古いと言われるかご存知ですか?

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マスメディアの台頭期 1920年代~

アイドマとは、Attention、Interest、Desire、Memory、Actionの頭文字をとったもので、 人間が購買行動をするときの心の変化をフェーズ化したものです。

この、アイドマの法則についての詳しいことは、当サイトでも記事にしておりますので、まずはそこを参照してください。

アイドマの法則とは|AIDMAの法則を合コンに例えて分かりやすく解説

さて、このアイドマの法則ですが、概念的には結構古く広告業界ではよく利用されていました。

何をするにも、まずは知っても割らなくてはいけないという発想のもと、Attentionの部分を重要だと説いた広告代理店は、 ひたすらマスメディアを通じ、注目させることに注力していました。

この方法は、決して悪いわけではなく、1900年代の初頭においてはとても有効なものでした。

というのも、物が無い時代なので、作ればそれだけ売れていた時代なのです。

そして、この時代に特徴的なものとして、みんなと同じものが欲しいというのが当たり前でした。

つまり、生活の豊かさは”もの”に象徴されており、”もの”が幸せを運んでくれると信じていたのです。

そんな時代ですから、広告は流せば流すだけ、”もの”が売れる時代たったのです。

ユーザーは”もの”により満足を得られる。

そして、企業はお金をかけて販促し、マスメディアは広告費を稼ぐといった、 それぞれがすべてWIN-WINな関係を築いていたのです。

ユーザーに見せれば見せるほど売れていた時代。 企業も広告代理店経由でたくさん広告を流しまくっていたのです。

つまりは、Attentionさえ発信することができれば、Actionまで直接行動に結びついていたのです。

ところか、このあと、このビジネスモデルに亀裂が生じてきます。

ものが溢れかえる時代 1973年~

1970年代になり、ユーザーにとっての生活必需品が行きわたっていくにつれ商品が売れなくなってきました。

商品が売れないということは、それだけ販促費が削られてしまうということです。 こうなってしまっては、広告代理店も成りいかなくなってしまいます。

そこで、広告代理店は何をしたかというと・・・無理やり需要を作ってしまう戦略に走ったのです。

車が頻繁にモデルチェンジをしたりだとか、季節によって服のの流行が変わっていくというのもこの時期です。

旧式の車に乗っているのはダサいレベルまで宣伝しまくることで、 まだ数年しか乗っていない車であっても、買い替えさせるというマーケティングが盛んに行われたのです。

この時も、ひたすらAttentionにより、注目を集める販促が行われました。

買い替え需要を伸ばすためです。

その頃の広告といえば、新製品がたくさん出現し、これが流行だというのをひたすら流すものでした。

無理やり需要を作るという意味では、「私をスキーに連れて行って」なんて、今考えると別にいかなくてもいいんじゃねという感じです。

さらにそれを悪化させたのは、ユーザーはマスメディアからしか情報を得ることができなかったので、 ○○が流行っていると言われると、私も買わなきゃ!という心理状態になっていたことです。

このように、マスコミによって作られた需要に対して消費者は踊らされていたわけです。

バブルの崩壊 1991年~

そして、とうとうバブルの崩壊がやってきました。消費者はより消費行動を起こさなくなってきたのです。

売れない時代にどう対応したか、それは圧倒的な価格競争です。

コストの削減レベルまでは、まだよかったのですが、とうとう禁断の人件費についても手を出し始めます。

そうなると、今度は負のスパイラルが待っています。

お金を使いたいにもお金が無い。お金が無いからものを買わない。買わないから低価格に走り・・・という残念ループが始まりました。

この失われた20年と言われる低成長期、いつ景気が良くなるかもわからない不安が世間を覆っていったのです。

その時に、消費者はよりお金を使わないスタイルに対して価値を見出していきます。

そして、さらに極めつけになったのがリーマンショックです。

リーマンショック 2008年~

アメリカ発祥のこのリーマンショックにより、比較的安定していた円買いが進み、急速な円高が始まりました。

当然、円が高くなるわけですから、輸出業は大ダメージです。

そんな輸出業の雇用が減る一方、円高によるコスト削減が進み、生産拠点を海外に移すなど、日本の産業の空洞化がはじまりました。

直接的にリーマンショックでの影響は少なかった日本ですが、間接的に言うと、 急激な円高にふれたことで、国内での仕事が無くなり、失業者も増えたのです。

もちろん、平均年収やなんかも減り、消費行動がさらに悪化したのは当然と言えば当然です。

関東大震災 2011年3月

最後に、関東大震災によって、人々の消費行動はがらりと変わっていったのです。

折角買ったマイホーム。高級車。すべてが文字通り水に流れました。

この時、人々は何を考えたでしょうか。

結局、残るのは人なのです。

モノが幸せではないと気づき始めたのです。

このあたりから、モノからコトへのシフトが始まります。

そして、所有ではなく共有。

全ての物は、共有財産であり、自分は世界の一つであるという概念が生まれてきました。

お金が無くても、物がなくても、みんなで使えば楽しいし世界と一つになれるという概念です。

つまり、大衆向けの広告はまったく意味をなさなくなってきました。

スペック、性能、安全性などのモノではなく、人間性や世界観といったより情緒のあるものに価値を見出すようになったのです。

人々は、商品に対しコトを求めるようになり、その商品が私にとってどんなコトをしてくれるのかが焦点になりました。

SNSの台頭

そして、SNSの時代がやってきました。

まさに今の時代ですが、SNSでの情報発信は、すべて個が行っています。

企業によるマス広告などではなく、個が気軽に発信できるようになりました。

「炎上」や「拡散」といった、個人が企業を追い込むような現象すら見ることができるようになりました。

つまり、SNSにより、企業と個人は対等な関係になったとも言えます。

SNSの繋がりはAttentionではありません。

DECAXの話でも触れていますが、Discoverから始まります。

SNSの繋がりがDiscoverを爆発させるのです。

そして、今度は逆にマス的な広告は、消費者にとって邪魔なものでしかなくなってきます。

いくらいい事言ったって、消費者の頭に入るのは0.01%ぐらいなものです。

99.99%は情報すらインプットしてもらえません。

注目が一番にくるAIDMAモデルでは、購買行動すら起こしてくれなくなったのです。

アイドマの法則はもう古い?

今でも、IDMA部分については、普通に検討の余地はあると思います。

Interestは、興味を持ってもらう。Desireは欲しがる。

この流れは心理的な動きとして、いまでも通用できるモデルだと考えています。

ただ、Attention(注目)部分においては、広告を邪魔だとすら思っている消費者には届きません。

Youtubeを個人で見ていて、最初の広告、邪魔だと思いませんか?

検索をしていて、いつも上にでてくる広告、いらなくないですか?

消費者はそのように考えています。

あなたも消費者の立場に立てば、そのように思うはずです。

このように、Attentionの部分が役に立たなくなっているため、AIDMAモデルは古いと言われるのです。

これからの広告は?

広告が広告でなければ消費者は受け入れてくれます。

それが、このサイトでも散々お伝えしているコンテンツなのです。

コンテンツを増やし、ユーザーが満足してくれることが広告にも求められています。

一昔前の広告と、今の広告を思い浮かべて見てください。

例えば、ひたすら商品名を言うだけだった昔の広告と比べ、今の広告は違いますよね。

通販大手、AmazonのCMなんかは、Amazon感があんまりありません。

窓で有名なYKKAPは、最初YKKの存在すら分かりませんでした。

広告は消費者と同じ立場によりそって、消費者を感動させるものでなければならなくなったのです。

想いやストーリー、感動するコンテンツを持って、消費者にアピールしているのです。

消費者が求めているのはAttentionではありません、それは、Movement、Passionといった言葉が最適かもしれません。

アイドマの法則の今後の活用方法

そうとはいっても、アイドマの法則は無くならないと思います。

ようは、活用次第なのです。

AttentionからActionまでのストレートな行動はほぼ無理な時代です。

ただ、Attentionの得意分野である認知という意味では活用方法はあります。

ひたすら広告を垂れ流し、認知させる。

一見無駄に見えるかもしれませんが、正しい広告であれば問題はないと考えます。

今のマーケティングの基本は、正しい情報を正しいターゲットに正しく伝えることです。

アイドマの法則はたしかに古い概念ですが、広告自体に正しさがあるのであれば、認知させる方法として活用していくのも悪くないとは思います。

ただし、最後のActionは購買行動ではありません。

何をもってActionとするかはそれぞれですが、正しくActionさせるための広告表現をしていきたいですね。